生徒会選挙の思い出

 寝る時みる夢は、記憶を整理するという。何回もみる夢がある。同じ人の夢。


 高校生活はじめてのクラスで、私は一人の女の子に目を奪われた。線が細く、不健康ではないがなんとなく幸薄そうな、はかなげなオーラをかもし出していた。高嶺にはあるが、華々しくはなくひっそりとしているさま。高貴なようでいて庶民的でもある(ここまで全て妄想)。


 私が痩せぎすで幸薄いので勝手に親近感が湧いたのかもしれない。かといって話したことはまったくなかった。私は同じクラスの女子どころか男子とも大して話さなかった。たまに学校を1週間程度休んで戻ってくると『◯◯くんだ!』と言われる程度のポジションにいた。


 高2のクラス替えで違うクラスになった。

 年頃の少年の多分に漏れず、音楽が好きだった私は軽音部に籍を置いていたが、コミュ障をこじらせてからは図書室で放課後を過ごしがちだった。図書カードにたくさん名前を書くべくたくさん読んだ。


 そんな時、カウンターで文芸部の文集を見つけた。手にとってパラパラめくってみると、巻末に彼女の名前を見つけた。

 著者名は全てペンネームで、どの作品を誰が書いたのかは分からなかった。印象に残るような文章も正直なかった。唯一、『夜中にフライドチキンを食べながらこれを書いてます』的な編集後記だけが心に残った。これかな?いや全然知らない人かもしれないな。


 廊下ですれ違い、たまに目が合うくらいだった。多分このまま卒業するのだろう。ある気位の高い友人(『寿司って回るの?』とか言う)に文芸部に一緒に入らないかと誘われることがあったが、もしかしたら彼も彼女に何か思うところがあったのかもしれない。


 また2週間くらい夏休みを勝手に延長して学校に戻ると、『都市伝説や!』と言われる程度のポジションにいた。ここまで読み返して思ったけど、ストーカーかなんか?怖ぇな・・・。


 高3の春。全校生徒が保健委員会だの図書委員会だのに割り振られる中で、私は生徒会選挙の委員会に入った。


 4月、委員会初日。同じく選挙管理だという隣のクラスの寺生まれの友人と共に、視聴覚教室に向かう。入って、やわらかな日差しの差し込む窓際の前から2番目の席。彼女がいた。


 私は心の中で十字を切り、パッと名前の思いついた神々に手当たり次第に感謝した(アヌビス神とか)。これが運命か。同時に、当然こうなるとも思った。私ほど運のいい男はいないからだ。厳正なるジャンケンの結果、運悪く全敗した彼女が委員長に、かろうじてそれを免れた私は副委員長になった。


 しかし生徒会選挙のある秋まで活動はなかった。私は引き続き学校に行ったり行かなかったり無為に過ごした。

 体育祭・夏休み・文化祭。一緒に撮ろうぜ!とクラスTシャツを着てクラスメイトと二人で写っている写真があった。教卓のすぐ左前の私の、一つ後ろの席の女の子は毎朝律儀に挨拶してくれた。みんなよくしてくれたが、私がその好意に報いることはとうとうなかった。失礼な奴だった。


 10月になり、ようやく委員会の活動が始まった。


 普段入れない生徒会室(大量の紙がぶちまけられている)にガサ入れしたり、放課後残ってなんらかの作業をした。私は嬉しかった。彼女と同じ場所にいることが。委員会のある日が待ち遠しかった。学校に行くのが楽しみだった。


 私はこれをやるのであなたはこれをやってね的な役割分担で、選挙演説の司会進行を任された。第一体育館に全校生徒が集まる中、私はしょうもない言い間違いをして適度に場を和ませつつ、滞りなく務めを果たした。


 委員会最後の日。校内のあちこちに貼った候補者のポスターを剥がして回った。残りの数枚が残った生徒玄関にて、彼女は腕を組んで下駄箱に寄りかかり、下っ端の仕事を眺めていた。


 一年生が最後の一枚を剥がし終えた頃、玄関横の階段から見知った顔が降りてきた。妹だ。やつは化学の道を志し、それからカントー地方で博士になったとかならないとか。


 夕飯の話かなんかをして妹は去っていった。それを見て彼女がつぶやいた。








 『かわいいじゃん』








 そうきたか。


 終わった。ここまでの間になにか始まっていたのかは不明だが、そう思った。


 私は不良で、彼女はなにか尊い存在だったので、関わって不幸にしたくなかった。事務的な会話しかしなかった。できなかった。でもこれでよかったんだ。委員会のすべての仕事が終わり、私は寺生まれの友人(たくましい母ちゃんに育てられたおっとりとした性格)と当たり障りのない会話をしながら、後ろを歩く彼女をどうしようもなく意識しながら、薄暗い渡り廊下を通って校舎の外へ出た。


 11月最後の金曜日のことだった。それから私はセンター試験当日まで学校へ行かなかった。なんでだよ。明らかに体育の出席日数が足りない気もしたが、そのまま卒業した。


 新しいことが入ってきていないから、いつまでも古いことを思い出す。夢の中の登場人物はみな、びっくりするほどそれっぽく振る舞う。毎日話していた友人の再現度が高いなら分かるけど、大して話したことのない人もそれっぽく振る舞う。脳の働きは不思議だ。


 夢の中で私は振り回される。過去の登場人物に。今日も最高に荒唐無稽で楽しい夢だった。学校をサボってひたすら寝ていた頃から、私は夢をみるのが抜群にうまかった。毎朝目が覚めるのが嫌になるほどに。


 寝る時みる夢は、記憶を整理するという。忘れてはいけない人やものを思い出させるともいう。でももう忘れたいよ。覚えているのは私だけだから。