一人と一人(2)


翌日。


その日は彼女のことばかり考えていた。昨日のやりとりはたぶん何のブレーキにもならないだろう。誰かが言葉を投げかけてくれたとして、現実には何の影響力もない。結局は一人の力で起き上がるしかない。


自分はどうして欲しかったんだろう。どうしたらいいんだろう。文章でだめなら、実際に話してみたいと思った。感情を乗せて思っていることを伝えることができる。占いでおしゃべりの星があると言われたこともある。おしゃべりの星とは。


彼女のページを開く。やっぱりというかなんというか、昨日までと何も変わっていなかった。誰にもぶつけようのない感情を自身にぶつけようとしていた。誰か見てないんだろうか。あの人最近TLにいないなって見に来ないのだろうか。来ないか。私が今こうして見ているのもたまたまだった。


うまくいきそうだった



うまくいってもらっては困る。ずっと見ていたい実況ではなかった。とりあえず手を止めてほしかった。

夜9時半、私はまたスマホとにらめっこしながら部屋をぐるぐる歩き回っていた。どうにかして喋りたい。君かわいいね? どこ住み? ラインやってる?


やりすぎか。晒されたら死ぬ。そもそも、人間生きる気力のない時は指一本動かすのもおっくうになる。仮に乗ってきてくれたとしても、そんな相手にIDだなんだと手続きを踏んでもらうのは無理なように思えた。何かいい手は・・・。


―話すのは得意じゃない、聞くだけでもいい?

来た。私はサンダルをつっかけ外へ出た。









6月26日

海海家山道道田んぼ田んぼ。文字で表すのが大変楽な所に私は住んでいた。うらぶれた島の農村。コミュニティの単位はもちろん集落。


浜辺を歩く。木の電柱にくくりつけられた街灯の下で着信音が鳴った。普段女の子から電話がかかってくることはまずない。ちょっとドキドキする。


画面を見やると、非通知設定の文字。なるほど賢い。私だったら深く考えず自分の番号を晒してしまうだろう。もう晒してしまっていた。私は家の鍵もあまりかけない方だった。でも、自転車の鍵はちゃんとかけたほうがいい。


スマホを耳に当てながら、とりあえず北に向かって歩き出した。


聞こえる? 音出してみて。


石かなんか投げたような音がした。独り言じゃないことを一応確認して、思いつくかぎり話しはじめた。



かけてきてくれて嬉しかったこと。

似てるところがあること。

tosツイに気づいたわけ。

身の上話。



やっぱり人間関係がうまくいかないのが一番辛い。私はせっかくよくしてくれた人をないがしろにして、突っぱねられて落ち込んだ。仮に立ち直れても、もう一度同じことがあったらとても耐えられないと思った。ので飛んだ。機械に頼ったお陰で心理的な障壁はかなり低かった。しかし死なない。人体は頑丈すぎる。

もしくは私の運が良すぎるのか? うすうすそんな気はしていたが・・・ともかく死ぬのは不可能である。はっきり分かった。


要は一人でいるのがよくない。なので友達いるところに引っ越して、遊んでもらおうと思うんだよね――


6月下旬の夜はまだ少し肌寒かった。暖かいココアが飲みたかった。20分ほど歩いて、無人のガソリンスタンドの自販機に目当ての品はなかった。もう夏だしな・・・私は来た道を引き返した。


ふとスマホの画面を見るとDMが届いていた。返事を書いてくれていた。



―似たような理由かもしれない

―これでうまくいかないなら、一生うまくいかない

―なら早く終わった方が楽だし、関わる人を傷つけることもない



灯りもまばらな田舎道。私はスマホを耳に当てたまましゃがみ込み、暗い海に揺れる稲穂を眺めながら呟いた。


どうしたらいいんだろうね・・・


家の前を通りすぎ、別の自販機を求めてそのまま南側の集落へ向かった。本当はコンビニまで行きたいがバスで片道860円かかる。


今度はゲームの話をした。てかランク高ない? そのキャラ難しない? 夏になったら海のステージが増えたりするのかな? 楽しみだな・・・


返事はなかった。そしてたばこ屋の自販機にも暖かいココアはなかった。冷たいのもなかった。もうこの辺りに自販機はなかった。帰るしかない。


はぁ~ココアなかったよ。もうすぐ日付が変わりそうだった。デイリーやって寝ようかな?




―もう寝ないといけない?









―ちょっとだけ話したい
―話してどうにかなるものじゃないけど




SkypeのIDを交換して、10分休憩。

どんな声なんだろう。彼女と私にはBMIがマイナスに振りきれるほど低すぎるという共通点があった。なんとなく想像がついた。

歩きっぱなしでちょっと疲れた。冷たいカフェオレを一口飲む。10分経ち、彼女の言葉を待った。やがて消え入りそうな小さな声で恐る恐る話しはじめた。






―じゃあもういいよねって言われた

―向こうから言い寄ってきたのに






そっか・・・



申し訳ないくらい話が頭に入ってこなかった。人ののろけ話(?)ってこんなにも感情移入できないもんなのかなぁ。性別を入れ換えれば似たような思いをしたはずだが・・・。


多少下心があったのかもしれないしそのせいかもしれなかった。どうしよう。困った。真夜中のバス停の小屋の中、斜め上の方ばっかり見ていた。やがて彼女は泣き出してしまった。


さっきの彼女の言葉を反芻する。


どうしてそんなことを言われたのか、理由が分からないようだった。どうしてこうなったのか。どうすればよかったのか。整理がつけられなくて苦しいのかなと思った。相手を責められない以上、自分を責めるしかない。


失敗は取り返せる。壊れたものは直せるかもしれない。代わりを用意することもできる。自分一人だけのことなら折り合いもつけられる。


でも、他人の気持ちだけは変えられない。一度離れてしまった人を振り向かせることはできない。代わりもいない。その人のことでいっぱいになって忘れることができない。
過去に戻れたらどうする?


自分は戻りたいとは思わない。それは昨日の自分が知らないことを今の自分は知っていて、もし同じ目にあっても今度は失敗しない、今日のような辛い思いはもうしない


とかなんとか・・・。
―うん…。



いいのかなこれで?
女の子の考えてることなんてわからんっしょ・・・そんなん一度でもわかってたら死のうってならないからね。私は妹とかに助けを求めたくなったが夜も遅いのでやめた。


今日のところは眠れそう?



―うん。









仲直りしたい? わかんない…。そのあとは他愛のない話をしばらくした。男なのか女なのか聞かれた。いつか引っ越しでアパートの電気を止めてもらう時、「ご契約者様の奥様ですか?」と聞かれたことを思い出した。女の子だったらもう少し仲良くなれたのかもしれない。


おやすみを言い合って電話を切った。私は今日のところは少し楽な気分で寝てくれることを期待して、そしておやすみって言われることがしばらくなかったことを思い出して、少し幸せな気持ちで眠りについた。



その3に続く