回想―田舎暮らし

 僕の実家はとある島の、それぞれ徒歩一分とかからない海と山に挟まれた田舎にある。春は田植え、秋は稲刈り。近所のお寺の、銀杏の木の下のバス停から毎朝学校に通った。秋は木の実が足元にちらばりもちろんくさかった。
 父の可愛がっていたインコが、器用に家の引き戸を爪で開けた野良の侵入者によって咥えられ、連れ去られて以来、我が家ではネコを飼うようになった など、思い出は枚挙にいとまがない。
 
 田舎に暮らしていると、いろいろなことが起きる。僕は小学五年生の春頃まで市街地に住んでいて、それまでは虫が全然苦手だったのだが、実家に住むようになって以来耐性がついてきた。自然に囲まれる中で、家に虫が入りこむことが珍しいことではなくなったからだ。奇妙な、しかしこの地ではありきたりな共同生活。泥で汚れることにも抵抗がなくなった。「洗えばきれいになる」ということを体で覚えたのだ。
 
 家の前のコンビニ―といっても開店時間定休日はまちまち、賞味期限が切れているかは五分五分―の自販機の電灯で、夜中でも障子越しに仄明るい八畳の和室が僕の城だった。夏場はカメムシがすごかった。地域の方言でジョロピンと呼ばれるそれは、驚かせると驚くべき悪臭を放つ虫である。
 主な対処法。チラシの上に誘導し慎重に窓から逃す、ガシャポンのカプセルで封印(ゲット)する、油を張ったプリンのカップを設置する、などが挙げられる。どういう訳か彼らは油に惹かれるらしい。一度足を踏み入れたが最後、粘度の高い油の中では身動きが取れず、においもしないのだ。おばあちゃんの知恵袋というやつである。
 ともかく、僕は毎夏のように虫たちとの激闘を繰り広げていた。
 
 ・・・
 
 前置きが長くなったが、要は田舎で暮らすと虫に耐性がつくということである。本題はここから。
 
 一行でまとめると部屋にゴキブリ(以下Gとする)が出たのだ。6月12日未明のことである。
 実家を離れ、市街地の暮らしというぬるま湯に浸かっていた僕は、すっかり虫への耐性を失っていた。そもそも、僕は生きた状態のGを見たことがなかった。Gを目にした瞬間思い出したのは、Gホイホイの設置してある実家の冷蔵庫の前で死んでいたネズミをつまんで、砂浜に埋めに行った午後9時の思い出。あの頃の逞しさは、今では見る影もない。
 じっと動かないGを、まじまじと見つめてみる。心なしか半透明。もしかしたら違う虫なのではないか?と思ったその刹那。
 
 
 
 Clock Up!!
 
 
 
 ぞくっ!!!
 その変態駆動におびえた僕はいい歳こいて腹の底から変な声を出し、足腰はその役目を忘れ危うくひっくり返りそうになった。這い回るという表現が適切だろう。トップスピードは目視不能。まぎれもなくヤツである。
 
 数刻おいて、得体のしれない恐怖感。情けないことに、たったの1ムーブで戦意をドン底まで削がれてしまった。Gは特に危害を加えるわけではないのだが、その構造・挙動の全てが精神にクる。ここまでとは。蜂相手の方がまだ戦えるような気さえしてくる。どうする。アパート一階、隣近所は生活音はすれど未だその姿を見たことはない。僕以外誰もいない七畳一間。一対一。
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 体制を崩した先の布団の上で、怯えきったその目に映ったのは愛機JETCYCLONE。コイツは喉に詰まったモチを吸ったり、排熱で暖を取ったりと非常に多用途なシロモノだ。正に人類の英知の結晶。その意匠はさながら現代の聖槍。はて、こいつの回転機構で、ヤツの脳をシェイクさせてやったらどうだろう?唯一無二の武器を携えた手のひらに蘇る戦意。ふぬけた足腰を奮い立たせる。いける!
 
 数十分後。大立ち回りの末、どうにかヤツを捕らえることが出来た。安堵。ミッションコンプリート。直後、プラスチックの牢の中から乾いた足音。依然健在。僕は瞬時に玄関から飛び出しハッチオープン、若干の埃と共に居住圏外へパージした。無為な殺生は避けるように、という父*1の教えである。生きている以上、また家の中に入ってくる可能性もあるのだが、たまたま住まおうとした場所が他人の家だっただけであり、彼らにも彼らなりの生活があるのだ。
 
 ・・・
 
 かくして、深夜0時に奇声を上げ掃除機を吹かすというおおよそ近所迷惑な行いの甲斐あって、長き戦いに終止符が打たれたように思われた。翌日同時刻に再度出現(恐らく別個体)。二号は天井からの自由落下攻撃を得意としたがそれを回避からの再度ジェットサイクロン起動、土砂降りの中泣きながら24時間営業のスーパーまで全力疾走、Gホイホイを購入・設置で事無きを得た。

*1:最近船の免許をとった

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